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沈丁花の香り

 26, 2011 00:00




室内の鉢植の沈丁花が花開いた。
そっと香りを確かめてみる。
その慎ましやかな香りは、遥か昔の思い出を甦らせてくれた。



私が生まれ育った家には大きな棕櫚の木があった。
扇の様な大きな葉、そして幹に映えた茶色い硬質のヒゲ状の毛に覆われていた。
躑躅の奥には秋には小菊、春先にはラッパ水仙の花も咲いていた。




石畳の両脇には玉竜であろうか、細い葉の植物が植えてあった。
ふっさりしたその長い緑の葉は髪の毛の様で、それを何故か三つ網にして遊んだ。
そのままを進むと大きなグミの木が鶏小屋を挟んで二本植えてある。
初夏になると、楕円の表面に銀の点々模様があるその赤い宝石を摘んでは食べた。
その宝石は、熟れるとぽとりぽとりと石畳に落ち、美しかった。
鶏は数羽を飼っていては毎日産みたて卵を頂戴する。
産みたては「いのち」の温度だ、温かい。
その一羽を私は「シロ」と名付け可愛がった。


薄紫の花が咲く槿、紫陽花の大きな株と紫蘭、右に石畳を進むと大きな棕櫚の木。
左側にはピンクの薔薇とツワブキ、レンギョウ等が植えてあり、反対側には南天とその根元には鈴蘭が控えめに咲いていた。
そのそばに沈丁花が確か咲いていたはずだ。


時は進み大人になった私は、人生二度目の三ヶ月の入院生活を経験することになった。
ようやく一か月半のギプスが取れ、病院の外を歩けるようになった頃、道端に沈丁花が咲いて芳しい香りを漂わせていた。
あの春の日から二十二年過ぎたのだ。

沈丁花の花の香りが遠い記憶を呼び覚まし、時を遡らせてくれた。


現在、この地区は過疎化が進み、若者は街に移住。
殆んど年寄り世帯しか住んでいない地区となってしまった。
我が家も弟の代になり、この地を離れた。

現在、思い出溢れる実家は更地にして小さなコテージへと変わった。





2008年5月撮。



そのロフトの窓から見える山は、あの頃と少しも変わらないままに。

*コラージュ写真は自身の1984年頃の古いアルバムから。





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